浴客浴に浴解後に浸しますと出来上り
まする
本当のマツチは、朝火を焚附
が、家庭で必ず使ふマツチの
けるときに一本使用するだ
量は一日一人五本でなくて一
古葉書も新筍)
「へうして利用」
けで淫むので、一箱の小さい
マツチは、優に二ヶ月の使用
家一日五本でこと足ります。
その内訳は三度の食事の用意
に堪へ得ることゝなり、利係
に各一本づゝ三本、お風呂を
鷺‼十四巻
一
也
人
信
ロー四さでド版
「マツチ飾約法」の一つとし
て古葉書の附け本なども相当
に利用されてゐます。
第一月二人の一材料材料は硫黄華小魅山盛一杯
約五瓦糊に並盛一杯一杯一杯の上にすべし
御かすに一本、お燈明用に一本、お燈明用に一本、お燈明用に
一本です。一本で使ふマツ
手を一度の食事に一度の食事に一度の食事にす
約四瓦)水を小、三
杯を用意します。このうちま
づ硫黄華と糊を茶碗等で練合
せその上で水を加へて、水を加へて独の経
度とします。一度とします。何でも何
でも結構、硫黄華は市價五百
グラム四十五銭位で売つてゐ
ます。
―出來たところで古はがキを
○あつたもの、細長く切つたもの、或は古創
箸、或はマツチの燃え残つた
軸本などの先端に、竹ペらま
たは小さい刷毛などで塗布す
のマツチは外貨殖のマツチは外貨殖
得のため輸出の第一得のため警衛
一線へ動員し得る
ことゝもなるので
する
マツチは
一日五本に
るのです。これで出来上りま
した。
この附木を使用しますと、
四日御城御城代御城代御城代
マツチ切符制を実施した六
大都市等では現在一人当り一人当り一
日五本の割で配給してゐます
岡部弥助源介治二市三郎
るには第一に仕事を計画的に
やることです。一度ガスに黙
火したら、消して及つけると
いふやうなことのないやうに
手顔をしつかりきめて次がら
次へとお鍋をかければ全部の
同四日同四日目録
お料理が出来、最後にお湯を
沸かすまで、一本のマツチで
―済み時間も経済です。次にお
料理の品数を少くすることも
必要です。
第二にはマツチの使ひ方を
研究して、研死して、研究して、折つたりすぐ消え
度は片側だけにつくやうにな
るさうですから。すり方に注
情意して、それ、まふ。意して大事に使はねばなりま
せんが狭い横幅の方向に拠る
ことにすれば薬の減り方が少
くなります。このやうにして
使へば、ガスでなくて疑や酢
るやうなつけ方をしないこと
です。こんな無駄は大国を使
でお料理する御家庭でも食事
には一本で済みます。お頃
ふ場合に面倒場合に面倒臭がつて片手で
つけたりすると、よくやると
………………………………………………………………………………………………………………………………
とですから人』とですから人数が多くて大国
支配給ふといる家庭は必ず小
国に移して使ひませう。小国
の横についてゐる薬が擦り減
つて便用に耐へなくなつて使用に耐へなくなつたら
大国のを切り抜いて貼りつけ
呂用の一本はこれから夏にな
ると缺くわけに参りますまい
お燈明用の一本は私の家では
「アンス、アリス「祖先崇味で清浄を貴ぶ
ため実行してをります。この
外不時の備へとして来客の備へとして来客のお
茶沸かしにマツチが要ります
が、この御賞すが、この習慣は此の機会に打
ればよいでせう。この楽も今
破しませう。
小遣を献金
九十三歳の老媼が
京郡市右京区川島北裏町島
七番地二鈴木岩人氏母堂こう
さんは二月十九日京都
撮影区司令部へ国防費として
金五十円を献金五十円を献金した、岩人氏
の添書によれば
★今週間右今年九十三歳の高飾に達
はくくくくるるる□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
し候処にして。其後道線よりし候処孫より小遣ひ
銭にとて贈られし金員五十
円に及び候を機として余命
幾ばくあらぬ身の小遣ひ銭
など云々する場合にて無之
些少ながら国防費として献
★金願出次第に御座候次第に御座候
と記されてあり、老媼の壮者
を凌ぐ赤誠に關係者も感激し
てゐる。
一
図
人
冠
ローローローロード
乗てゝ顕みざるは
琉球藩中にて琉球国中山王寺
一源の一滴」も有名な話である
東京神明神田町御門御城代
修養にいそしみ、後にいそしみ、後にいそしみ、後には師僧
無駄のない生活とは。
然る、それなり、仏恩を忘れ、天道
に背くものである
棄てる前に利用方法を考へて
もう一度活かして用ひませう
百石の米も一位よ
り生じ、一滴の水
も長江大河の波瀾
の
の
宋の高僧雲門禪師が、或時
寺の門前の小川で大根を洗つ
て居たが、過つて一枚の小さ
な葉を折つてしまつた。葉を折つてしまつた。葉を折つてしまつた。
水に流されてどん〴〵遠くな
る。禪師はこれを追ひ掛けて
可なりの骨を折つてやうやく
給ひ上げることを得た。傍
に見てゐた近所の者は、大寺
の和尚にも似合はしからぬこ
とだと思つたので
「天下の名僧たる御身が、
何故なればかゝる吝嗇の振
舞をなされまするか」
と詰つた。
すると和尚は不審な様子で
「仮令一小葉といへども皆
天が人間を養はんが人間を養はんが為めに
恵み育くんだものである。
されば一葉なればとて之を
となる。嗚呼今日
は図らずも有難い事を致し
じ)
といふ、そのこと拾ひ上げた小さな一葉を
恭しく捧げて天に拝した。
禅師を詰つたその男は、深く
その徳に感激して、後にはし
ばしばその門を叩いて教へを
受けたといふことである。
怠らず行かば
千里の果も見ん
牛の歩みの
御知ラセ
昭和拾五年度ヨリ各分会ニ於テ遣家族慰安會ヲ
實施セラレシ。場合ニハ其補助トシテ年壱回金参
拾円宛交付致シマスカラヘ実施年月日及場所ヲ
記入シ)御請求セラレタシ(昭和拾五年度豫算
よしおそくとも
一歩、その一歩が遂には千里
にも至る。然しその一歩が無
ければ千里には至らない。百
石の米も一粒より生じ。一滴
の水も大河となるのである。
書参照
「雲門の一葉」に似た「曹
★吉豫師の弟子滴水禅師がま
にも勝る名僧となつた。
だお師匠さんのもとで修行を
してゐて人をありしてゐた雛僧の頃、或日、或日、或日、行
水の余り水を何心なく風呂桶
の側に、ザツと流し捨てた。
行水をつかひながらこのさ
まを眺めてゐた曹源は、
青砥藤綱は滑川に落した一
『夫婦人の娘を探りて、文銭を探し指ふために大勢の
人夫を雇つて一人夫を雇つて河底に沈んだ一
文銭をさがさしめた。僅か一
ピアラス、アン、文の銭を拾ふために多額の人
伴費を支払ふた藤綱に、或る
「勿体ない事をしてはいけ
ない、たとへ一杯の水、一
ジヴアラス、アランド、ホント雖も無駄に捨て去
る前に、その利用法を考へ
よ、同じ地上に流すにして
も、木の根、野菜、草花に
かけてやれば不要な水も立
派に役立つ事に役立つ事に役立つ事になる。人間
は一寸した思案、僅な工夫
によつて、立派に活かして
使へるものを随分無敵に捨
て去つてゐる」
と、その非を誡めた。その非を誡めた。曹源の
『吾葉に物の貴さ、勿体なさ、
は、その娘は、知つは、知つた雛僧は、師僧の教訓を
忘れないやうにしとの心構へ
人が「人が一人が「一文惜みの百知らずぢ
やないか……ミ」と申しますと
藤綱は
「たとへ一文の銭でも天下
の実である以上、これを河
底に沈めて永久に死藏する
事は勿體ない。人を雇つた
金はたとへそれが幾何につ
いても立派に活きた金であ
るから、自分は無駄に使つ
たと思つてゐない」
と答へたと答へたと云ふ。
私達は日常の生活を省みる
ときに「雲門」「曹源」「菅源」「曹濟」「
網」の言行に訓へられるとこ
ろが多い……無駄なき生活こ
そは実に今日の私達の生活基
から、名を「滴水」と改め、
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
調であらねばならん。