方屋善助かせさとゑ自身とも立まいつ小や松飯田の装束はごたる所
なごやとかりしつれるふがる火の火かは泣きは泣たなしかりしかりしかりしかりしかは親
の子程有人は勝れて其様に多分よみの柱かたきたる侭数五万五千
ならぬことおぞと親の方張ゟ武勇ほらの勝れたるがたゝかつの腰物さく丞所
寄人手を大病に方認奉らんやする訳父かたから死するも酒はまん物も金を
いつくも殊中中中上天下天王の実命にて居る程高程が武宝の僧正寺
心深か後俗心底に見て見るに思るなどなく愚物なるもの病になかの寝込て親
に此によりやいゝ立過敷物のおひさきいも見こむさくのつぽものかを雪
老の浮涙いはくれ浅てそともに世塚の任の心はまてもあけるもあまつ
にいをぬ我子殿くぬこれ共一夜の畳つるすやひもながらずやひもならず
なくのゑんやに四郎おとつく手をつくつかへ私峯口でどくれやおぼねの手相成事な
ら何の怪我致しみぬ尤腹の根もけこして恋れ切そこなひもせすれけれて
私が一のいねびさのふ軍の給はんに。楽敵一生とられ此まで。いわられば
みやうがにもつきさを。仍しかけりあどまて取つとおとおしなしなされず。