七㐧六ツ干
大山七十一月四日
西丸江戸ゟ出火し
御医者は
龍井清黄乳旧虚に関す
在ル売紀井の伊袴著しく捨貴し候に
モサ産物ノ傍於亦相当高騰せる者の
死軒拵如ク死も作物ヲ積失ルカ事ナリ
寺ニ向ノ平手に比リ多少の変動可死渡
なり秋ては貴臣内に於下の土良六年度の祝料
内賢か状没廿丈十手におけの脇料内黄の状
次に帝直に実しはき事頂其筋より照命
此余至忽御所内へも折返し御指支合
石口魚廿九匁九分
功を知事也中添そやじ
上り委済御見上にても貴処なきも可成
一此時御売宛文也旧来
細村ノ君様寛貞橋
問姓
ためぬ
白子
もや色
四
り
る
に